IT担当不在で4年——物流企業の事例に学ぶ中小企業の業務デジタル化の進め方

「IT専任の担当者を置く余裕はない。でも紙とExcelの限界は感じている」——多くの中小企業経営者が抱える本音です。

2026年5月18日、ITmediaの連載「ITのチカラ」が、IT担当者不在のまま4年かけて業務のデジタル化を自走させた物流企業の事例を公開しました。新潟県新潟市の第一製品流通は、会長の一言から始まったkintoneでの取り組みを通じて、最終的に「自分たちで業務を変えられる」社内文化を築きました。

本記事では、この事例から中小企業の経営者が学べる「IT担当不在でも進められる業務デジタル化の構造」を整理します。成功要因の分解、外部委託や専任採用との比較、失敗しない進め方ステップ、そして社内専用AIとの組み合わせ可能性まで、決裁者目線で実務に落とし込みます。

目次

事例の全体像——第一製品流通が4年で築いた「自走するデジタル化」

第一製品流通は、新潟県新潟市に本社を置く物流・運送業の会社です。地元新潟の大手印刷会社DI Palette(旧:第一印刷所)のグループ企業として、配送・発送、梱包・包装などグループ全体の物流部門を担っています。

ITmediaの連載「ITのチカラ」2026年5月18日公開記事によると、同社が業務のデジタル化に取り組み始めたのは約4年前でした。きっかけは会長との雑談中の「kintoneっていうのがいいみたいだよ」という一言だったといいます。

着手前の同社は、典型的な「紙とExcelの限界」状態でした。

情報管理の混乱: 共有フォルダにExcelファイルが乱立し、「何が最新か分からない」状態が常態化
外注システムの老朽化: 以前外部に作ってもらったMicrosoft Accessシステムが現状業務と合わなくなったが社内でメンテできる人がいない
パッケージシステムの不適合: 既存のシステムは高額で機能過多、本当に使えるか不安
IT専任ゼロ: 情報を専門に扱う担当者は社内にいない

主導したのは、事業推進課 課長補佐の押見透氏と、総務課の風岡氏です。事業推進課は新規案件受注や社内の新しい取り組みを考える部署で、「まずは、自分たちからやってみよう」と動き始めたところからスタートしました。

ここで重要なのは、押見氏が最初から「単なるシステム導入ではなく、自分たちで改善していく自走型の現場づくりを目指した」と語っている点です。ツールを入れて終わりではなく、社内に改善文化を根付かせる、という目的設定が4年の旅路の出発点でした。

「Excelでよくね?」と言われ続けた前半2年

押見氏は記事内で、デジタル化が一気に進んだのは3年目後半から4年目にかけてだったと振り返っています。逆に言えば、1~2年目はほとんど成果が出なかった期間です。

最初の壁は配送部門でした。配送担当者は外出が多く、作成したアプリへのフィードバックを取る時間が確保できません。物流業界の管理職はプレイングマネジャーが多く、現場が忙し過ぎて業務改善に時間を割けない構造です。

そこで押見氏は方針を切り替え、社内にいる従業員が多い総務部門の業務改善を先に進めることにしました。総務課の風岡氏に相談し、業務の洗い出しから始めます。

しかし、ここでも別の壁が現れました。風岡氏は記事内で次のように語っています。

「作業を洗い出していくと、紙による作業の多さや重複処理、属人化といった問題が明らかになりました。また、現場の担当者に『なぜこの業務をやっているのか』と問うと、『前からやっているから』『何に使う書類なのか分からないけれど、取りあえずやっている』という答えが返ってくる状況でした」

つまり、ツールを入れる前の段階で「業務の意味が誰にも分からない」状態が見つかったのです。

新たに導入したkintoneも、最初はもの珍しさで触られたものの、「この取り組みがどう便利になるのか」が現場に伝わらず停滞しました。むしろ移行期にデータ入力や転記作業が増え、「これなら、むしろExcelの方がよかったんじゃないか」と感じた時期もあったと押見氏は明かしています。

ここで二人は手法を再設計します。

現場に入り込んで業務プロセスを確認: 「取りあえず作る」をやめ、「誰が使っても使えるもの」「全体の効率が上がるもの」に絞ってアプリを設計
月1回の社内会議を設置: 業務改善をテーマに各部門担当者・所属長が参加。当初は情報共有で終わっていたが、立て直して「各課で今月はこれに取り組む」目標設定に変更
成功事例の口コミ拡散: 一つの成功事例を社内で共有し、各部門の協力者を少しずつ増やす

この立て直しが効きました。3年目後半から、各部署で業務を熟知している従業員が主体的に動き始め、4年目には「ITが苦手な従業員からも『これ、何とかなりますか?』という声が聞こえるようになった」と押見氏は語っています。

成功要因の分解——なぜIT担当不在でも進んだのか

第一製品流通の事例を分解すると、4年で自走化に到達した成功要因は明確です。

経営者の方が学ぶべきポイントは、以下の4つに集約されます。

第1に、会社として「この人たちがデジタル化を推進する」と明確に任命してチームを作ったことです。押見氏自身が記事内で「ここを明確にすることが大切だ」と強調しています。IT担当者がいないからこそ、推進担当を曖昧にせず、業務改善を仕事として認知する組織設計が必要です。

第2に、ツール選定よりも「自走する文化づくり」を優先したことです。kintoneを選んだのは、プログラミング知識なしで現場に合わせて作り直せる仕組みだったからです。完成品のシステムを導入するのではなく、現場が触れる土台を入れた、という発想が4年後の自走に効きました。

第3に、最初の部門選びを途中で切り替えたことです。最初は配送部門に着手しましたが、「外出が多くフィードバックが取れない」と分かった時点で総務部門に転換しています。最初に決めた計画にこだわらず、進めやすい場所から成功体験を作る柔軟さが特徴です。

第4に、月次の社内会議で「目標」と「成果」をセットで運用したことです。情報共有だけの会議は機能せず、各課で具体的な改善テーマを設定し、できた成果を共有して次の協力者を増やす、というサイクルに変えています。

これらは、特別な技術知識や潤沢な予算を必要としません。経営者の判断と、推進担当の任命、月1回の会議運営があれば、どの中小企業でも再現できる構造です。

比較表——「IT担当不在で進める」vs「外部委託」vs「専任採用」

中小企業の経営者として、業務のデジタル化を進める手段は大きく3つあります。第一製品流通が選んだ「IT担当不在で内部主導」と、よくある選択肢である「外部委託」「専任採用」を比較します。

比較軸 IT担当不在で内部主導 外部委託(コンサル・SIer) IT専任の中途採用
初期費用 ツール月額数千円~ 数百万円~(プロジェクト単位) 採用費+年収500万円~
必要な期間 2~4年(自走化まで) 3~6ヶ月(システム稼働まで) 採用に半年~1年
社内文化への定着 高い(自分たちで作るため) 低い(外部任せで形骸化リスク) 採用者次第で変動
業務理解の深さ 深い(現場が作る) 浅い(外部は業務外) 採用者次第
運用保守 社内で完結 追加費用で外部依頼継続 採用者の在籍に依存
主なリスク 推進担当が孤立し失速 業務との乖離・追加費用増大 採用者離職時の知識消失
適した規模 従業員30名~200名程度 従業員200名以上または短期 従業員100名以上で継続投資可
経営者の関与度 必要(推進担当の任命と支援) 低い(発注して任せられる) 中(採用後の役割明確化)

この表を見て「うちは予算も人も余裕がない」と感じた中小企業の経営者の方こそ、第一製品流通の事例が参考になります。

外部委託や専任採用は短期で形を作りやすい代わりに、業務との乖離や採用後の運用リスクが残ります。内部主導は時間がかかる代わりに、社内文化として定着しやすく、運用コストも低く抑えられます。

「全部内部」「全部外注」の二択ではなく、初期設計だけ外部支援を受け、運用は内部主導に切り替える、というハイブリッド型も現実的な選択肢です。

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はじめてのkintone〜現場のための業務ハック入門(沢渡あまね・高木咲希/C&R研究所)

第一製品流通が起点に選んだkintoneを、現場担当者の目線で「業務をどう棚卸しし、誰がどう関わって改善文化に育てるか」までストーリーで追える一冊です。IT専任不在の中小企業が最初に渡す共通テキストとして使いやすい構成です。

失敗しない進め方——5つのステップ

第一製品流通の4年から逆算すると、IT担当不在でも業務のデジタル化を進める順序が見えてきます。中小企業の経営者が今日から動くなら、以下の5ステップが現実的です。

第1ステップは、推進担当を会社として正式に任命することです。曖昧に「誰かやってよ」と振るのではなく、業務時間の一定割合を業務改善に充てる体制を明文化します。第一製品流通では事業推進課という既存部署を活用しました。新部署を作る必要はありません。

第2ステップは、最初に着手する部門を慎重に選ぶことです。フィードバックが取りやすい部門(外出が少ない、業務が定型化している、改善意欲がある人が在籍している)から始めます。配送・営業など外回り中心の部門は2巡目以降にする方が、初期の挫折を避けられます。

第3ステップは、業務の意味を問い直すヒアリングから始めることです。ツールを入れる前に、「なぜこの業務をやっているのか」を現場担当者に聞きます。第一製品流通では、この問いから「何に使う書類なのか分からないが、取りあえずやっている」業務が大量に見つかりました。まずは捨てる業務を決めることが、デジタル化以前の必須プロセスです。

第4ステップは、月1回の社内会議で目標と成果をセット運用することです。情報共有だけの会議は形骸化します。各部署が「今月はこれに取り組む」と宣言し、翌月に成果を発表するサイクルを作ります。

第5ステップは、最初の成功事例を社内で大きく取り上げ、口コミで広げることです。1つの部門の成功は、次の部門の協力者を生みます。第一製品流通では、この口コミ拡散が3年目後半からの加速の起点になりました。

この5ステップは、外部委託に頼らず社内で完結する手順です。同時に、必要に応じて初期設計だけ外部の業務改善コンサルに支援を受ける、という併用も可能です。

次の段階——業務デジタル化と社内専用AIの組み合わせ

第一製品流通の事例はkintoneを起点とした取り組みですが、業務のデジタル化が一定段階まで進んだ中小企業にとって、次の論点は「情報を外に出さない社内専用AI(ローカルLLM)」の活用です。

kintoneのようなクラウド型業務改善ツールは、データを外部のサービス事業者のサーバーに預ける構造です。一般的な業務データなら問題ありませんが、顧客名簿の高度な分析、契約書のドラフト確認、取引先別の見積もり履歴の整理など、機密度の高いデータを扱う業務はクラウド送信に慎重さが必要です。

社内専用AIは、自社のサーバー内でAIを動かす設計です。データを外に出さずに分析や文書生成を行えるため、守秘義務が重い業種や、顧客との契約で外部送信を制限している場合に適しています。

第一製品流通のような「自走するデジタル化文化」が社内に根付いている会社は、社内専用AIの導入も内部主導で進めやすい構造を持っています。業務改善の月次会議に「AIをどう使うか」というテーマを追加する、という拡張が自然な次の一歩です。

社内専用AIの導入には、自社サーバー内AIを構築する仕組みと、推進担当の継続的な関与が必要です。クラウド型業務改善ツールで自走化に成功した会社は、社内専用AIへの移行も含めて、長期的な情報資産活用を検討する段階に進めます。

導入前のチェックリストと経営者の関与

中小企業の経営者が確認すべき7項目

第一製品流通の事例から逆算し、業務のデジタル化を始める前に経営者として確認すべき項目を整理しました。3項目以上「いいえ」がある場合は、ツール選定よりも先に社内整備から始めることをお勧めします。

業務改善を担当する社員を明確に任命している(または任命する候補者がいる)
推進担当に、業務時間の一定割合(週8時間以上が目安)を改善活動に充てる体制を約束できる
最初に着手する部門を、フィードバックの取りやすさで選んでいる(外回り中心部門は後回し)
「なぜこの業務をやっているか」を現場担当者に問い直すヒアリング時間を確保できる
月1回の社内会議で、各部署が改善目標を宣言・成果共有する運用を続けられる
成果が出るまで2~4年かかる前提で、経営者として継続的に関与する意思がある
機密度の高いデータを扱う業務は、クラウドではなく社内専用AIで処理する方針を将来検討する余地がある

このチェックリストは、ツールやサービスの優劣ではなく「自社の準備状況」を確認するためのものです。

「全部いいえ」でも、それが今日から始めるための出発点です。重要なのは、経営者として業務のデジタル化を「単発のプロジェクト」ではなく「3~5年かけた文化づくり」と捉え直すことです。

よくある質問

Q1. IT担当者がいない中小企業でも本当に業務のデジタル化はできますか

第一製品流通の事例が示すとおり、IT専任者がいなくても進められます。ただし、推進担当を会社として正式に任命し、業務時間の一定割合を改善活動に充てる体制が必要です。「片手間で誰かがやる」状態では失敗します。事業推進課のような既存部署を活用するのが現実的な始め方です。

Q2. どのくらいの期間で成果が出ますか

第一製品流通の場合、自走化に到達するまで約4年かかりました。1~2年目は試行錯誤の期間で、ほとんど目に見える成果は出ていません。3年目後半から各部署に広がり、4年目で文化として定着しました。短期的に1ヶ月で形を作りたい場合は外部委託、社内文化として根付かせたい場合は内部主導と、目的に応じて選びます。

Q3. 最初の挫折を避ける方法はありますか

第一製品流通も最初の配送部門で挫折し、総務部門に切り替えています。外回りが多くフィードバックを取りにくい部門は初期着手に向きません。社内にいる従業員が多く、業務が定型化していて、改善意欲のある担当者が在籍している部門から始めるのが鉄則です。失敗したら部門を切り替える柔軟さも必要です。

Q4. kintone以外のツールでも同じ進め方は適用できますか

進め方の構造はツールに依存しません。「プログラミング知識なしで現場が作り直せる」ツールであれば、Microsoft Power Apps、サイボウズOffice、freee、その他類似のクラウド型業務改善ツールでも適用できます。重要なのはツールの選定よりも、推進担当の任命、月次会議の運用、口コミ拡散の仕組みです。

Q5. 業務改善コンサルや外部支援は使うべきですか

完全に内部だけで進めるか、初期設計のみ外部支援を受けるかは経営者の判断です。第一製品流通は完全内部主導でしたが、4年かかっています。期間を短縮したい場合、最初の半年だけ業務改善コンサルに伴走してもらい、月次会議の運営ノウハウを学んだ後に内部移行する、というハイブリッド型も有効です。全期間外部委託は、社内文化として定着しないリスクが高いです。

Q6. 業務のデジタル化が進んだ後、社内専用AIに移行する意義は何ですか

クラウド型業務改善ツールは外部のサービス事業者にデータを預ける構造です。顧客名簿、契約書、取引先別の見積もり履歴など機密度が高いデータは、外部送信を避けたい場合があります。社内専用AIは自社のサーバー内でAIを動かし、データを外に出さずに分析や文書生成を行います。業務のデジタル化で社内に「自分たちで改善する文化」が根付いている会社は、社内専用AIの導入も内部主導で進めやすい構造を持っています。

Q7. 経営者として、どの程度関与すべきですか

第一製品流通の事例では、4年間を通じて経営層(会長)の関心が継続的にありました。経営者が「これは重要だ」と認識し続けることが、推進担当の心理的な後ろ盾になります。具体的には、月次会議に時々顔を出す、成果が出た部門を社内報や朝礼で称賛する、推進担当の評価に業務改善の成果を反映する、といった関与が効きます。丸投げと過干渉の中間が現実的な距離感です。

Q8. ITに詳しくない経営者として、まず何から学べばよいですか

技術知識を学ぶより、業務改善の事例を読むことから始めるのが効率的です。第一製品流通のように、自社と業界・規模が近い会社の事例を読むと、再現可能なポイントが見えてきます。サイボウズ、freee、サイボウズOfficeなどの事例ページは公開情報として豊富です。ツールの機能比較は推進担当に任せ、経営者は「どの業務をデジタル化すべきか」「どの部門から始めるか」の優先順位判断に集中する方が建設的です。

本記事のまとめ

ITmediaが2026年5月18日に公開した第一製品流通の事例は、「IT担当者がいない中小企業でも、4年あれば業務のデジタル化を自走化できる」ことを実証した貴重な記録です。

成功の鍵は、特別な技術知識や潤沢な予算ではありません。経営者が推進担当を正式に任命し、業務改善を仕事として認知し、月1回の社内会議で目標と成果をセット運用する。そして最初の成功事例を口コミで広げ、各部署の協力者を増やしていく。この構造は、どの中小企業でも再現できます。

短期で形を作るなら外部委託、長期で文化を作るなら内部主導、と目的別に手段を選ぶのが現実解です。両者のハイブリッドも有効です。

そして、業務のデジタル化が一定段階まで進んだ段階で、機密度の高いデータを扱う業務には社内専用AIの導入を検討する、という次の段階が見えてきます。

「IT担当者を雇えないから諦める」のではなく、「IT担当者を雇わないからこそ、社内で改善する文化を育てる」——この発想の転換が、中小企業の業務デジタル化を前に進める出発点です。

第一製品流通の押見氏は、自社の経験を活かして物流業界の伴走支援型新事業を構想中だといいます。同じ悩みを抱える中小企業同士で知見を共有する仕組みが、業界全体の底上げにつながっていくでしょう。

業務のデジタル化を進めたいが、IT担当不在で何から始めればよいか分からない中小企業の経営者の方は、まず社内の推進担当の任命と、最初に着手する部門の選定からお考えください。当社では、内部主導での業務デジタル化と、その先の社内専用AI導入を含めた相談に対応しております。

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