毎月のクラウドサービス費用を合計したことはありますか。メール、ファイル共有、ビデオ会議、業務管理……個々のツールは月数千円でも、10種類以上を契約すると年間100万円近くになるケースが珍しくありません。
この記事では、従業員10名の税理士事務所が複数のクラウドサービスを自社サーバー運用へ切り替えることで年間60万円のコスト削減を実現した事例を紹介します。削減のポイントとなったシステム構成(アーキテクチャ)の全体図も、ITの専門知識なしに理解できるよう解説します。「うちでも同じことができるのか」という判断材料として活用してください。
中小企業のクラウドサービス費用が気づかないうちに積み上がる理由
多くの中小企業で、クラウドサービスの費用が毎年じわじわと増加しています。その背景には、3つの構造的な要因があります。
まず、ツール導入の判断が部門ごとにバラバラに行われるという点です。営業部門はビデオ会議ツール、総務部門はファイル共有ツール、管理部門は業務管理ツールと、それぞれが必要に迫られて導入した結果、気づいたときには10種類以上のサービスを並行利用しているケースが散見されます。会社全体の費用を把握している担当者がおらず、毎月の引き落とし明細を細かく確認しない限り気づかないまま契約が続きます。
次に、「ユーザー数課金」の設計です。多くのクラウドサービスは、従業員数×月額料金という課金体系を採用しています。事業が成長して従業員が増えるほど、コストが比例して上がります。10名で月2万円のサービスが、20名になると月4万円に倍増するという具合です。
さらに、「使っていないのに契約が続いている」状態も少なくありません。導入時は必要だったツールが、業務フローの変更によって実質的に使われなくなっても、担当者が気づかないまま引き落としが続きます。企業が契約するクラウドサービスのうち一定割合は実際にはほぼ利用されていないという実態が、国内外の調査で繰り返し指摘されています。
税理士・社労士といった士業事務所は、顧客情報を扱うという業務特性からセキュリティ費用もかさみます。クラウドサービスのプランをセキュリティオプション付きにアップグレードしたり、別途セキュリティ管理ツールを追加するケースがあり、コストはさらに膨らみます。
士業事務所が利用する主要なクラウドサービスの費用を積み上げると、以下のような金額になります。
・メール・Officeスイート(10名): 月額約18,000円(1名あたり約1,800円)
・ファイル共有・クラウドストレージ(10名): 月額約18,000円(1名あたり約1,800円)
・ビデオ会議(ホスト3アカウント): 月額約6,600円
・業務管理ツール(10名): 月額約15,000円(1名あたり約1,500円)
・その他(セキュリティ・チャット等): 月額約3,400円
合計すると月額約61,000円、年間で約73万円です。「うちはそんなに使っていない」と感じる方も、使っていないサービスを含めて一度棚卸しして計算してみることをお勧めします。棚卸しだけで月数千円の削減余地が見つかるケースも多くあります。
重要なのは、「すべてを置き換える必要はない」という点です。取引先との共有や電子申告など外部連携が必要な機能はクラウドサービスが有利です。「外部との連携が必要な業務」と「社内で完結する業務」を仕分けることが、無理のないコスト削減の第一歩です。
実例|従業員10名の税理士事務所が年間60万円削減に至るまでの全手順
東京都内で法人顧客を中心に業務を行う税理士事務所(従業員10名)の事例を紹介します。この事務所が抱えていた課題は、クラウドサービス費用の高騰と、顧客の財務データをクラウド上に保存することへの懸念という2点でした。守秘義務を負う士業として、顧客の機密情報が外部サーバーに保管されることへの不安が以前からあり、コスト削減と情報管理の強化を同時に実現できる方法を探していました。
■ 導入前(月額費用の内訳)
・メール・Officeスイート(全社員10名): 月額18,740円
・ファイル共有クラウドサービス(全社員10名): 月額18,000円
・ビデオ会議ツール(ホスト3アカウント): 月額6,600円
・業務管理クラウドツール(全社員10名): 月額15,000円
・その他セキュリティ・チャットサービス: 月額3,660円
月合計: 62,000円 → 年間744,000円
■ 切り替えの判断と進め方
この事務所では、所長が主導して自社サーバーへの切り替えを決断しました。移行にかかった期間は約3ヶ月です。まずシステム要件の整理(1ヶ月目)、次に自社サーバーのセットアップと並行運用期間(2ヶ月目)、そして本格切り替えと社員向けの操作説明会(3ヶ月目)という段階を踏みました。並行運用期間を設けたことで、社員が新旧どちらのシステムも使える状態を確保し、切り替えによるトラブルを最小化しています。
■ 切り替えた内容
・メールサーバー: 外部クラウドから自社管理のサーバーへ移行。外部へのメール送信のみSMTPリレーサービスを利用
・Officeソフト: クラウド型Officeスイートから無償の代替オフィスソフト(LibreOffice)へ切り替え。Wordファイル・Excelファイルの読み書きも対応
・ファイル共有: 外部クラウドストレージから自社サーバー内のファイル共有システムへ切り替え
・ビデオ会議: 外部クラウドから自社サーバー内のビデオ会議システムへ切り替え
・業務管理: 専用クラウドツールからファイル共有システムの付属機能(カレンダー・タスク管理)で代替
■ 導入後(月額費用の内訳)
・小型サーバー(保守・電気代込み): 月額5,000円
・SMTPリレーサービス(外部メール送信用): 月額2,500円
・会計専用クラウドサービス(継続利用): 月額3,500円
・その他消耗品・予備費: 月額1,000円
月合計: 12,000円 → 年間144,000円
削減額: 月50,000円 → 年間600,000円の削減
会計専用クラウドサービスは継続しました。顧問先との会計データ共有や電子申告など、外部との連携が必要な機能は外部クラウドサービスが有利なため、すべてを置き換えるのではなく「自社内で完結できる業務」と「外部連携が必要な業務」を区別したことが成功のポイントです。
社員10名のうち、切り替えに最も時間がかかったのは60代のベテラン社員2名でした。しかし2ページの操作手順書と1ヶ月の並行運用期間を経て、切り替え完了から2週間後には全員が通常業務に戻っています。「操作の変化より費用の削減を優先した」という所長の判断が、スムーズな移行を後押しした要因の一つです。

年間60万円削減を支えたシステム構成(アーキテクチャ)の全体像
「自社サーバーへの切り替え」と聞くと、大規模なサーバー室や専門の技術者が必要と思われがちですが、実態は異なります。この事務所では、書棚に収まる大きさの低価格専用サーバー1台を社内に設置する構成を採用しました。
■ システム全体の構成(概略)
低価格専用サーバー1台を中心に、以下の機能を動かします。
・ファイル共有システム: 社員全員がパソコンのブラウザから社内ファイルにアクセス。外出先からはVPN経由で安全に接続
・ビデオ会議システム: インターネット接続のあるパソコン・スマートフォンからブラウザで参加可能。アプリのインストール不要
・グループウェア機能: カレンダー共有、タスク管理、社内チャットを1つの画面で管理
・メールサーバー: 会社のメールアドレスを自社サーバーで管理。外部へのメール送信はSMTPリレーサービスを経由
■ 社外からのアクセスはVPNで保護
外出先や在宅勤務でも、VPN(仮想プライベートネットワーク)を経由することで、社内にいるのと同じ環境でファイルや業務システムを使えます。VPNは「会社のネットワークへの安全な入口」と理解してください。スマートフォンにVPNアプリを入れるだけで設定でき、利用する側には特別な技術的知識は不要です。
■ 顧客データは自社内に保存される
士業事務所にとって特に重要な点は、顧客の財務情報や個人情報が外部クラウドに送信されない構成であることです。すべてのデータは自社内のサーバーに保存されます。停電対策としてUPS(無停電電源装置)を追加し、サーバーの急な電源断によるデータ破損を防いでいます。
また、データのバックアップは外付けHDDに毎日自動取得する設定にしています。週1回、担当者がバックアップファイルの生成日時を目視確認するルールを設けることで、バックアップ失敗を見逃さない運用を実現しています。
■ 初期費用と運用コストの目安
・初期費用合計: 約20万円(サーバー機器約5万円、設定・セットアップ費用約10万円、UPS約2万円、社員向け説明資料・研修約3万円)
・月額運用費: 約12,000円(保守・電気代・SMTPリレー・会計クラウド含む)
・初期費用の回収期間: 約4ヶ月(月5万円削減の場合)
4ヶ月を超えれば、以降は純粋な削減効果が積み上がります。3年間で計算すると、初期費用20万円を差し引いても約160万円のコスト削減が見込めます(月5万円削減×36ヶ月=180万円、初期費用20万円を差し引き)。
クラウドサービス継続 vs. 自社サーバー切り替えを7項目で比較する
どちらが自社に合っているかを判断するための比較表を示します。2026年4月時点の情報をもとに作成しています。
| 比較項目 | クラウドサービス継続 | 自社サーバーへ切り替え |
|---|---|---|
| 月額コスト(10名規模) | 6万円前後 | 1万2,000円前後 |
| 初期費用 | 低い(ほぼゼロ) | 20万円前後 |
| 社内データの保管場所 | 外部クラウド(提供会社のサーバー) | 自社内(物理的に管理可能) |
| 守秘義務への対応 | 利用規約の確認が必要 | データが社外に出ない |
| IT担当者の必要性 | 低い(自社管理不要) | 月1~2時間の確認作業が必要 |
| サービス停止のリスク | 提供会社の障害に依存 | 自社機器の管理が必要 |
| スケールアップのしやすさ | 高い(ユーザー追加が即日) | 機器増設が必要(数日) |
■ 自社サーバー切り替えが向いているケース
以下の条件が当てはまるほど、移行のメリットが大きくなります。
・従業員数が5名以上で安定している: ユーザー数が固定されているほど、月額費用の削減効果が大きい
・顧客情報・機密データを多く扱う: 士業・医療・製造など守秘義務が課される業種では、データが社外に出ないことが重要
・月のIT費用が3万円以上かかっている: 初期費用20万円の回収が現実的なライン
・社内に月1~2時間の確認作業を担える担当者がいる: 専門知識は不要だが、バックアップ確認と動作チェックを担える人材がいると安心
■ クラウドサービス継続が向いているケース
逆に、クラウドサービスの継続が現実的なのは、従業員数が少なく費用削減効果が限定的な場合(3名以下など)、IT担当が不在で運用管理の工数を確保できない場合、または外部との連携が多く自社サーバーでカバーしきれない業務が多い場合です。
どちらが絶対的に優れているということはなく、自社の業務構造と費用規模によって判断します。まず現在の契約一覧と月額費用を棚卸しし、年間コストを算出することが最初のステップです。

よくある質問
Q. 自社サーバーを導入したら、障害時に全員が仕事できなくなりませんか?
A. リスクはゼロではありませんが、適切な設計と対策で影響を最小化できます。まず、サーバーの稼働状態を監視するツールを設定し、異常があれば担当者にメールで通知が届くようにします。次に、データのバックアップを別のストレージ(外付けHDDまたは外部クラウド)に自動取得しておくことで、サーバー故障時でもデータを守れます。今回の事例でも、障害発生時には担当者がスマートフォンに通知を受け取り、30分以内に確認できる体制を整えています。完全なゼロダウンタイムを実現するには冗長化構成が必要ですが、従業員10名程度の事務所では日常のバックアップと定期確認作業で十分な安全性を確保できます。
Q. 会計ソフトや税務申告システムも自社サーバーに移せますか?
A. 会計専用クラウドサービスは、税務申告との連携や顧問先との共有機能がパッケージになっているため、自社サーバーへの完全移行は現実的ではありません。今回の事例でも、会計クラウドは継続利用としています。「外部と連携が必要な機能はクラウドで、社内で完結する機能は自社サーバーで」という切り分けが、無理のない移行のポイントです。すべてを置き換えようとするのではなく、費用対効果の高い部分だけ移行するアプローチが現実的です。
Q. 社員がクラウドサービスから新しい仕組みに慣れるまで時間がかかりませんか?
A. 切り替え後1週間程度は操作に戸惑いが出ますが、ほとんどの機能はブラウザ上で動作するため、インターネットに慣れていれば対応できます。実際の事務所では、主要な操作を2ページの手順書にまとめ、切り替え初日に30分の説明会を実施したところ、1ヶ月後にはほぼ全員が通常業務に戻っています。1ヶ月の並行運用期間を設けることで、慌てて切り替える必要がなく、スムーズな移行ができます。
Q. セキュリティはクラウドより安全ですか?
A. クラウドサービスは運用のセキュリティを提供会社が担いますが、「データが社外に存在する」という事実は変わりません。自社サーバーの場合、物理的なデータの場所が社内になり、外部からの不正アクセスはVPNによる認証でブロックできます。どちらが絶対的に安全とは言えませんが、顧客情報を自社内に置きたいという士業事務所のニーズには、自社サーバー運用が適合します。最低限のセキュリティ設定(ファイアウォール・VPN・定期パスワード変更)を守れば、一般的な業務利用で問題になるレベルの脅威は防げます。
Q. IT導入補助金は使えますか?
A. 自社サーバーを活用した業務効率化システムの導入は、中小企業庁が実施するIT導入補助金の対象になる可能性があります(補助金の要件・金額・採択枠は年度・時期によって変わります。最新情報は中小企業庁の公式サイトまたは地域の商工会議所でご確認ください)。また、地方自治体独自の中小企業支援補助金を活用できるケースもあります。初期費用の一部を補助金でまかなえれば、回収期間をさらに短縮できます。
自社でのクラウド置き換えを始める前のチェックリスト
切り替えを検討する前に、以下の項目を確認してください。全項目が「はい」に近いほど、移行が成功しやすい条件が揃っています。
・現在のクラウドサービス費用を一覧化できている: サービス名・契約ユーザー数・月額費用を一覧にまとめ、年間合計を把握している
・「外部連携必須」と「社内完結可能」の業務を区別できている: 取引先との共有や電子申告など外部連携が必要な業務を整理し、社内完結できる業務との切り分けを行っている
・IT管理の担当者(または外注先)が決まっている: 月1~2時間のサーバー確認作業・バックアップ確認を担当する人員または外注先が確保できる
・データバックアップの方法を設計できている: サーバー障害時にデータを復元できるよう、バックアップ先と頻度・復元手順を設計している
・社員への説明と並行運用期間を確保できる: 最低1ヶ月の並行運用期間と、操作説明会(30分程度)を実施できるスケジュールがある
・初期費用の予算が確保できている: サーバー機器・設定費用・UPS・社員向け研修を含む初期費用20万円前後の予算を確保している
・IT導入補助金の活用を確認した: 地域の商工会議所または中小企業支援機関に補助金の要件を確認している(または確認する予定がある)
チェックが5項目以上付いている場合は、自社サーバーへの切り替えを前向きに検討できます。3項目以下の場合は、まず現在のクラウドサービスの棚卸しと費用の見直しから始め、削減できる契約がないか確認することをお勧めします。

本記事のまとめ
この記事では、従業員10名の税理士事務所が複数のクラウドサービスを自社サーバー運用に切り替えることで年間60万円を削減した実例と、そのシステム構成の全体像を解説しました。
ポイントを整理します。
・クラウドサービスの費用は積み重なる: 個々は安価でも、種類が増えると年間100万円近くになるケースがある。まず棚卸しで実態を把握することが出発点
・すべてを切り替える必要はない: 外部連携が必要な機能はクラウドを続け、社内完結できる機能のみ自社サーバーへ移行する切り分けが成功の鍵
・初期費用20万円・4ヶ月で回収可能: 月5万円削減できれば、4ヶ月で初期投資を回収し、以降は純粋な削減が積み上がる
・士業事務所では情報管理の強化も同時に実現できる: 顧客の財務データが社外に出ない構成は、守秘義務の観点からも大きなメリット
クラウドサービスの費用が気になっている方、顧客データの管理方法を見直したい方は、現在の契約状況を一度整理することから始めてください。
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