「IT導入補助金で社内専用AIを申請したいが、そもそも補助対象になるのかが分からない」という相談が、情シスを兼任する担当者から増えています。クラウドサービスが補助対象になることは広く知られていても、自社サーバーに構築する社内専用AIについては、公式ドキュメントを読んでも判断がつきにくいのが実情です。
この記事では、IT導入補助金の対象要件の仕組みを整理した上で、社内専用AIが対象になった実例・ならなかった実例を具体的に解説します。申請前の自己判定チェックリストと、審査で落ちない申請書の書き方のポイントも合わせて紹介しているため、補助金申請の方向性を固める材料として活用してください。
IT導入補助金の「対象ツール」が決まる仕組み
IT導入補助金は、中小企業や小規模事業者が業務効率化・売上向上を目的としてITツールを導入する際の費用を国が補助する制度です(2026年4月時点で最大75%補助)。申請窓口は独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が管轄するIT導入補助金事務局で、毎年公募スケジュールが決まっています。
この制度で最初に理解しておくべき重要な点があります。補助対象のITツールは「あらかじめITベンダーが事務局に登録申請し、審査を通過したツール・サービスのみ」が対象になるということです。企業が「このツールを使いたい」と選んだとしても、そのツールが登録されていなければ補助を受けることができません。
2026年度のIT導入補助金では、補助対象費用は以下の区分で整理されています。
・ソフトウェア費: 対象ツールのライセンス費用、クラウドサービスの利用料(最大1年分)
・導入関連費: 設定・設計・カスタマイズ・研修に関する費用
・ハードウェア費: 一部の枠(インボイス枠・電子化枠)のみ対象、通常枠では対象外
・人件費: 補助対象外(自社社員の工数は一切補助されない)
情シス兼任の担当者がつまずくのは、「社内専用AIを構築するためのソフトウェア費」がこの区分のどこに該当するのか、またOSSを使った場合はライセンス費がゼロになるため補助対象にならないのではないかという点です。次のセクションで、この疑問に対する明確な答えを示します。
補助額の上限は申請枠によって異なり、A類型(小規模)は1社あたり最低30万円・最大150万円、B類型(中規模以上)は最低150万円・最大450万円となっています(2026年4月時点)。社内専用AIの導入コストがどちらの枠に収まるかを最初に確認しておくことが重要です。
社内専用AIはIT導入補助金の対象になるか
結論を先に言えば、「社内専用AIは一定の条件を満たせば対象になる」です。ただし、要件の解釈に幅があり、申請書の書き方が採否を大きく左右します。
情報を外に出さない社内専用AI(ローカルLLM)を使ったシステムが補助対象として認められるには、以下の3つの条件がそろっている必要があります。
1. 登録済みIT支援事業者のサービスを使っていること
自社で直接OSSをダウンロードして構築しただけでは、ITベンダー登録がないため原則として補助対象外になります。しかし、「社内専用AIの導入・構築サービス」として事務局にサービス登録したIT支援事業者を経由して申請する場合は、そのサービス費用が補助対象になります。
OSSのモデルを使っていても、ベンダーが提供するセットアップ・カスタマイズ・保守サポートをまとめてサービスとして登録していれば、「ソフトウェア費(導入サービス費)」として申請できます。OSSそのものが無償でも、「構築・運用サービス」に費用がかかれば補助対象になるという仕組みです。
2. 業務プロセスの改善効果を数値で示せること
IT導入補助金の審査では、「導入によって業務がどれだけ改善されるか」を定量的に示すことが採点の核心です。「AIを入れることで業務が効率化する見込みです」という曖昧な表現では採点が低くなります。
採択された申請書に共通しているのは、現状の数値(月間対応件数・担当者の工数・エラー発生率など)と、導入後の目標数値(削減率・短縮時間・コスト換算)をセットで記載している点です。具体的な書き方は後のセクションで解説します。
3. 申請枠の要件と合致していること
社内専用AIの導入費用がA類型に収まるかB類型になるかは、ベンダーのサービス価格によって変わります。また、セキュリティ上の理由で社内専用AIを選択している場合は、セキュリティ対策推進枠での申請が適合するケースもあります。枠を誤って申請すると、内容が良くても形式要件で落とされることがあるため、支援事業者への確認が必須です。

対象になった実例・ならなかった実例
採択事例と非採択事例を具体的に比較することで、判定基準の輪郭が見えてきます。以下の事例は公開されている採択情報とIT導入支援事業者からの情報をもとに整理したものです(個社名の特定は行っていません)。
| ケース | 申請の概要 | 結果 | 主な判定理由 |
|---|---|---|---|
| 実例A | 登録済みの支援事業者を通じて社内専用AI構築サービスを申請。文書作成補助AIを受発注業務に組み込み、月間100時間削減・コスト換算200万円の業務改善計画を提出 | 採択 | 登録ベンダー経由・業務改善効果を数値で明示・A類型要件を満たした |
| 実例B | 自社エンジニアがOSSをダウンロードして社内専用AIを構築。費用はサーバー購入費と社員の工数のみ | 非採択 | ベンダー登録なし・ハードウェア費は通常枠で対象外・人件費は補助対象外 |
| 実例C | 「AI活用業務改善パッケージ」として登録されたサービスを採用。製造ラインの問い合わせ対応を自動化し、担当者が1日4時間費やしていた業務を1時間未満に削減 | 採択 | 導入サービス費がライセンス費に該当・業務改善計画が具体的で採点が高かった |
| 実例D | クラウドAIと社内専用AIを混在させた構成で申請。費用の内訳が補助対象費用と対象外費用で混在しており、審査資料で分離できていなかった | 非採択 | 費用区分の説明不足・審査資料の不備とみなされた |
| 実例E | 守秘義務の観点からクラウドAIが使えない士業事務所が、セキュリティ対策推進枠で社内専用AI導入を申請。セキュリティ強化の観点を前面に出した | 採択 | 枠の目的(セキュリティ強化)と申請内容が合致した |
実例を横断して読むと、採択を分けるポイントが2点に絞られます。
第一は、「登録ベンダー経由か否か」です。IT導入補助金はITツールをベンダー登録制で管理する制度設計になっています。自社で直接構築した場合の費用は、どれだけ業務改善効果が高くても補助されません。社内専用AIの「構築費」を補助対象にするためには、登録事業者のサービスとして申請する形式が必須です。
第二は、「業務改善の定量化の精度」です。審査官は複数の申請書を並列で評価します。数字が明確な申請書はそれだけで他と差がつきます。
申請前に確認すべき判定チェックリスト
申請書を作成する前に以下の項目を順番に確認してください。1つでも確認できていない場合は、その時点で方向性を見直す必要があります。
・ITベンダー登録の確認: 利用予定のAI導入サービスが、IT導入補助金の登録ツール・登録事業者一覧に掲載されているかを事務局のポータルで検索済みであること
・費用区分の分離: 補助対象費用(導入サービス費・クラウド利用料・研修費)と対象外費用(ハードウェア費・人件費)を明確に区分けして計算済みであること
・申請枠の選定: 補助対象費用の合計がA類型(30万~150万円)かB類型(150万~450万円)のどちらに収まるかを確認済みであること
・業務改善の数値化: 「どの業務」が「何時間・何件・何%」改善されるかを、現状値と目標値のセットで書き出せていること
・gBizIDの取得: 法人代表者のgBizIDプライムが取得済みであること(取得に2週間程度かかる場合があるため、公募開始前に準備すること)
・SECURITY ACTIONの宣言: 独立行政法人情報処理推進機構のSECURITY ACTION(★一つ星または★★二つ星)の自己宣言を済ませていること(申請要件)
・直近の決算書の準備: 法人は直近1期分の決算書、個人事業主は確定申告書を手元に用意していること
・交付決定前の発注禁止: 交付決定が通知される前に購入・契約をしてしまうと補助対象外になるため、発注のタイミングを確認済みであること
8項目全てにチェックが入った状態で、初めてIT導入支援事業者への本格相談に進んでください。チェックが不完全なまま事業者に依頼すると、後工程で書類の書き直しが発生し、申請期限を逃すリスクがあります。

審査で落ちない申請書の書き方のポイント
申請書の中で採点に最も影響するのは「業務改善効果の定量化」です。この部分を曖昧にすると、他の要件を満たしていても採択率が大幅に下がります。
Before/Afterの形式で書くことを徹底してください。以下に、採択されにくい書き方と採択されやすい書き方を対比して示します。
採択されにくい書き方の例:
「社内専用AIを導入することで、日常業務の効率化が見込まれます。担当者の負担が軽減され、より付加価値の高い業務に集中できる環境が整います。」
採択されやすい書き方の例:
「現在、社内問い合わせへの一次回答に担当者1名が月平均60時間を費やしている(月200件×18分/件)。社内専用AI導入後は定型問い合わせ160件(80%)をAIが自動回答し、担当者対応は月40件・12時間に削減する。年間工数削減は576時間、人件費換算で約115万円のコスト削減になる(時給2,000円想定)。さらに、外部クラウドサービスへの情報送信を完全排除することで、顧客との守秘義務契約に抵触するリスクをゼロにする。」
この二つの違いは、数字があるかないかだけでなく、改善の根拠(なぜこの数字が実現できるのか)が書かれているかどうかにあります。採点官が計算を追いやすく書くことが採択への最短ルートです。
また、社内専用AIを選ぶ理由としてセキュリティ・コンプライアンスの観点を記載することも有効です。「クラウドAIでは顧客情報が外部サーバーに送信される可能性があり、顧客との守秘義務契約に抵触するリスクがある。社内専用AIであれば情報が社外に出ないため、コンプライアンスリスクを排除しながらAI活用を推進できる」という記述は、士業・医療補助・製造業の採択事例に共通して見られる表現です。
申請のスケジュール面では、交付決定から実績報告の期限を見落とさないことが重要です。採択後の流れは「採択通知→交付申請→交付決定→ツール導入・支払→実績報告→補助金交付」という順序で進み、交付決定前に発注・支払いをした費用は補助対象外になります。事業実施期間の終了日も事前に確認し、それまでに実績報告を完了させてください。
よくある質問
Q1. OSSのAIモデルを使っている場合、ライセンス費がゼロなので補助対象になりませんか?
OSSそのものは無償ですが、補助対象になるのはOSSを使った社内専用AIの「導入・構築・保守サービス費」です。IT支援事業者が提供するセットアップ・カスタマイズ・研修のサービス費用は補助申請が可能です。自社でゼロから構築した場合の社員工数(人件費)は補助対象外のため、ベンダーのサービスを活用する形で申請を組み立てることが必要です。
Q2. 社内専用AIのサーバー購入費も補助されますか?
通常枠(A類型・B類型)では、ハードウェア購入費は補助対象外です。サーバー本体の費用は全額自己負担になります。インボイス枠・電子化枠では一部のハードウェアが対象になる場合がありますが、社内専用AI専用のサーバーとして申請できるかどうかはケースによります。IT導入支援事業者に具体的な構成を提示して確認してください。
Q3. 既に導入済みの社内専用AIをバージョンアップする費用は対象になりますか?
原則として新規導入が前提ですが、機能追加・拡張として申請できる場合があります。ただし、「既存システムの保守・メンテナンス費用」は対象外です。バージョンアップの内容が「新機能の追加」として明確に位置づけられる場合は対象になり得るため、支援事業者に確認することをお勧めします。
Q4. 申請から補助金の振込まで何日かかりますか?
事務局の審査には1ヶ月前後かかることが多く、採択通知から補助金の実際の振込まで全体で3ヶ月~6ヶ月を見込む必要があります(2026年4月時点の実績値)。年度内に資金が必要な場合は、逆算したスケジュールで公募開始前の準備を進めることが重要です。
Q5. IT導入支援事業者への手数料はかかりますか?
事業者によって異なります。採択時に補助金の一部を手数料として受け取る「成功報酬型」、着手時に固定費が発生する「着手費型」、ツール販売に含まれる「無料型」などがあります。複数の事業者に見積もりを依頼し、手数料体系と総費用を比較した上で選定することをお勧めします。

本記事のまとめ
IT導入補助金で社内専用AIを補助対象にするための要点を整理します。
・採択の3条件: 登録済みIT支援事業者のサービスを経由すること、業務改善効果を数値で示すこと、申請枠の要件と合致していること
・補助対象外の代表例: 自社社員が構築した場合の人件費・サーバー購入費(通常枠)・OSSそのものの費用(ゼロ円のため)
・採択事例に共通する書き方: 現状数値→目標数値→コスト効果換算の三段構えで業務改善を定量化する
・申請前に必要な準備: gBizID取得・SECURITY ACTION宣言・登録ベンダー選定を公募開始前に完了させる
・スケジュール管理: 交付決定前の発注は補助対象外になるため、採択通知を確認してから発注する順序を厳守する
IT導入補助金は、社内専用AIの導入を検討している情シス兼任の担当者にとって有効に活用できる制度です。「ベンダー登録経由での申請」と「業務改善効果の定量化」という2点を正しく押さえた上で申請を進めることが、採択への最も確実なルートになります。
要件の確認や申請書の方向性について具体的に相談したい場合は、以下のフォームからご連絡ください。初回相談は無償で対応しています。
