「業務のデジタル化を進めているのに、なぜか成果が出ない」――その原因は、ツールでも予算でもなく、「誰が推進しているか」にあるかもしれません。
2026年5月29日に閣議決定された2026年版ものづくり白書は、デジタル技術やAIの活用が「誰が主導するか」で成果に差が出るという実態を、具体的な数字で示しました。決裁者にとってこれは、「どんなツールを入れるか」より前に「社内の推進体制をどう設計するか」が問われているということです。本記事では、白書が示したデータをもとに、決裁者が経営・情報システム・現場のあいだで推進の役割をどう配置すれば成果につながるのかを、技術論ではなく体制設計の問題として整理します。
2026年版ものづくり白書が示した「誰が推進するか」の差
まず、執筆時点(2026年6月時点)で公表されている白書の関連データを正確に押さえます。閣議決定は2026年5月29日、経済産業省・厚生労働省・文部科学省の3省による取りまとめです。
白書が浮き彫りにしたのは、デジタル化の取り組みが進む企業ほど「経営課題への意識が高い経営者」が関わっているという傾向です。つまり成果は、現場の頑張りや導入したツールの性能よりも、経営の関わり方に左右されるということです。データ活用の現状にも、その構図がはっきり表れています。
・製造プロセスでデータを取得している事業者: 約7割
・そのデータを活用して効果を得ている事業者: 約4割
・企業間のデータ連携: 2年前からほぼ進展なし
データは集めているのに、半分近くが活用しきれていない。この「集めたが活かせない」ギャップは、技術が足りないからではなく、集めたデータを経営判断や業務改善につなぐ役割が社内で定まっていないことから生じます。誰がデータを見て、誰が次の打ち手を決めるのか――この推進の役割が宙に浮いていると、どれだけデータを集めても成果に変わりません。
白書は、製造現場の加工・稼働データを集めてAIを実装する基盤づくりを支援する構想も打ち出しています。国の後押しが整いつつある今だからこそ、自社側の受け皿、すなわち推進体制を先に整えておくことの意味が増しています。
規模で違う「推進の主役」――自社はどの型か
ものづくり白書2026の興味深い点は、企業規模によってデジタル化を主導する立場が大きく異なる実態を示したことです。
大企業では情報システム部門が主導するケースが大半を占めるのに対し、中小企業では経営トップ自らが主導する割合が最も高くなっています。これは、中小企業には専任の情報システム部門を持つ余裕がないという事情の裏返しでもあります。そして注目すべきは、最も成果が出やすい主導者が、特定の一部署ではなく「社内を横断する組織や経営企画の立場」だったという点です。
ここから読み取れる示唆は明快です。デジタル化は、情報システム部門だけに任せても、経営トップが一人で抱えても、成果が頭打ちになりやすい。部門の壁を越えて、経営の意図と現場の実態をつなぐ立場が推進の主役になったとき、最も成果が出やすい――白書のデータはそう語っています。中小企業の決裁者にとって、これは「自分が旗を振るだけでは足りない」という警鐘でもあり、同時に「専任部署がなくても横断する推進役を置けば勝負できる」という希望でもあります。
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製造業のDXを阻む壁を乗り越えろ! 事例に学ぶ10のヒント(企業活力研究所/日刊工業新聞社)
製造業のデジタル化がつまずく要因を事例から整理した一冊です。本記事で触れた「推進役が宙に浮く」という壁を、他社がどう乗り越えたかを具体的に確認できます。
推進体制を設計する3つの役割分担
では、決裁者は社内の推進体制をどう設計すればよいのでしょうか。白書のデータが示す「横断する推進役が成果を生む」という構図を、自社で再現するための役割分担を3つに整理します。専任部署を新設できなくても、既存の人材に役割を割り当てる形で十分機能します。
1. 経営――「何のためにやるか」を決め、外さない
決裁者の役割は、ツールを選ぶことでも進捗を細かく管理することでもありません。「自社は何のためにデジタル化するのか」という目的を定め、ぶれずに示し続けることです。白書が「経営課題への意識が高い経営者ほど成果が出る」と指摘したのは、まさにこの目的設定の力を意味します。目的が曖昧なまま現場に「とりあえずデジタル化を」と投げると、ツール導入が目的化し、データは集まるが活かされない状態に陥ります。
2. 推進役――経営と現場を翻訳してつなぐ
成果が出やすい「横断する立場」を、自社では推進役として明確に置きます。これは新たに人を雇うという意味ではなく、経営の意図を現場の言葉に、現場の実態を経営の判断材料に翻訳できる人に役割を与えるということです。製造現場と事務、経営のあいだを行き来できる人がいれば、その人が最有力候補です。この推進役がいないと、経営の号令は現場に届かず、現場のデータは経営に上がってきません。
3. 現場――データを生み、改善の起点になる
現場の役割は、日々の業務からデータを生み出し、改善の種を見つけることです。ただし、現場に「自分たちで考えて業務のデジタル化を進めろ」と求めるのは酷です。現場が動けるのは、経営が目的を示し、推進役が橋渡しをして初めて成立します。白書が示した「データは取得されているが活用は4割」というギャップは、現場がデータを生んでも、それを受け止めて活かす上流の役割が欠けている証拠でもあります。
比較表:推進体制のパターンと成果の出やすさ
自社の推進体制が今どのパターンに近いかを、決裁者が見極めるための比較表です。
| 項目 | 情報システム任せ | 経営トップが単独で抱える | 横断する推進役を配置 |
|---|---|---|---|
| 経営の目的設定 | 不明確になりやすい | 明確 | 明確 |
| 現場への浸透 | 技術先行で浸透しにくい | トップ依存で続きにくい | 翻訳役が浸透を支える |
| データの活用 | 収集止まりになりがち | 判断は速いが手が回らない | 収集から活用へつながる |
| 担当者の負荷 | 情報システムに集中 | トップに集中 | 分散され継続しやすい |
| 成果の出やすさ | 低~中 | 中(規模が大きいと頭打ち) | 高(白書が示す型) |
情報システム任せは技術が先行して現場に根づきにくく、経営トップの抱え込みは判断は速くても手が回らず続きにくいのが実情です。ものづくり白書2026のデータが示すとおり、最も成果が出やすいのは、経営の目的と現場の実態を横断してつなぐ推進役を置くパターンです。自社がどの型に近いかを見極め、足りない役割を補うことが、決裁者の最初の打ち手になります。
「情報を外に出さない」発想と推進体制の関係
近年、顧客情報や設計図面などを外部のクラウドサービスに預けず、情報を外に出さない社内専用AI(ローカルLLM)を自社内に置く製造業が増えています。これは「重要な情報は自社の管理下に置く」という発想ですが、推進体制の設計とも深く関わります。
社内専用AIを活かすには、現場のデータをAIに学習させ、その結果を業務改善につなぐ流れが必要です。この流れを回すのは、まさに経営と現場を翻訳する推進役の仕事です。どれだけ高性能なAIを社内に置いても、それを使いこなす推進体制がなければ、宝の持ち腐れになります。ツールの導入と体制の設計は、別々ではなく一体で考えるべきもの――白書のデータは、その当たり前を改めて突きつけています。
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DX実行戦略 デジタルで稼ぐ組織をつくる(マイケル・ウェイドほか/日本経済新聞出版)
社内に分散した人とデータをつなぎ、稼ぐ組織へ変える「推進の設計図」を体系的に説いた一冊です。本記事の「横断する推進役」を実際の組織に落とし込みたい決裁者の参考になります。
決裁者が今日から取りかかる体制づくりの手順
推進体制の設計は、大がかりな組織改編から始める必要はありません。今いる人材の役割を見直すところからで十分です。
まず取りかかるべきは、自社のデジタル化を「今、誰が主導しているか」をはっきりさせることです。情報システムの担当者か、経営トップ自身か、それとも誰も主導していないのか。これを直視するだけで、自社が比較表のどのパターンにいるかが見えてきます。次に、経営と現場を翻訳できる推進役の候補を探します。役職や所属は問いません。両方の言葉が分かり、人をつなげる人が適任です。そして決裁者自身は、その推進役に「何のためにやるか」という目的を明確に手渡し、権限と時間を与えます。
この3つ――現状の直視、推進役の任命、目的の明示――を行うだけで、デジタル化の成果の出方は大きく変わります。ツール選びや予算の議論は、その後で構いません。順番を間違えて先にツールを入れると、白書が示した「集めたが活かせない」状態を自社で再現することになります。
よくある質問
Q. 専任のデジタル化担当を置く余裕がありません。それでも推進役は必要ですか
専任である必要はありません。ものづくり白書2026のデータでも、中小企業では経営トップが主導するケースが多く、専任部署がなくても取り組みは進みます。重要なのは、経営と現場を翻訳してつなぐ役割を誰かが担うことです。既存の人材に兼務で役割を与える形で十分機能します。
Q. 情報システム部門に任せておけば成果は出ますか
情報システム部門だけに任せると、技術が先行して現場に浸透しにくく、データの収集止まりになりがちです。白書のデータでも、最も成果が出やすいのは特定の一部署ではなく、部門を横断する推進役を置いた場合でした。情報システムは重要な役割を担いますが、それだけでは経営の目的と現場の実態をつなぐ機能が抜け落ちます。
Q. 経営トップである自分が旗を振っているのに成果が出ません。なぜですか
トップが一人で抱え込むと、判断は速くても手が回らず、現場への浸透が続きにくくなります。とくに規模が大きくなるほど頭打ちになりやすい傾向があります。目的を示すのはトップの役割として残しつつ、経営と現場を橋渡しする推進役を別に立てると、抱え込みが解消され成果につながりやすくなります。
Q. データは集めているのに成果が見えません。何が足りないのですか
白書のデータでも、データを取得している事業者は約7割いる一方、活用して効果を得ているのは約4割にとどまります。足りないのは、集めたデータを誰が見て、誰が次の打ち手を決めるかという推進の役割です。データを業務改善や経営判断につなぐ橋渡し役を置くことが、活用への第一歩になります。
Q. まず何から始めればよいですか
今、自社のデジタル化を誰が主導しているかを直視することから始めてください。そのうえで、経営と現場を翻訳できる推進役を任命し、決裁者から「何のためにやるか」という目的を手渡します。ツール選びや予算の話は、この体制が整ってからで十分です。
決裁者のための体制チェックリスト
推進体制を設計するために、決裁者が確認すべき項目です。
・確認1: 自社のデジタル化を「今、誰が主導しているか」を把握しているか
・確認2: 経営と現場を翻訳してつなぐ推進役を置いているか
・確認3: 推進役に「何のためにやるか」という目的を明確に伝えているか
・確認4: 集めたデータを次の打ち手につなぐ役割が定まっているか
・確認5: 情報システム任せ・トップ抱え込みのどちらかに偏っていないか
・確認6: ツール導入より先に体制設計に着手できているか
本記事のまとめ
2026年5月29日に閣議決定された2026年版ものづくり白書は、デジタル技術やAIの成果が「誰が推進するか」で大きく変わることを、データで示しました。データを取得している事業者は約7割いる一方、活用できているのは約4割。このギャップを埋める鍵は、技術でも予算でもなく、経営と現場を横断してつなぐ推進役の存在です。情報システムだけに任せても、経営トップが一人で抱えても成果は頭打ちになりやすく、最も成果が出やすいのは部門を越えた推進役を置いたパターンでした。決裁者がまずすべきは、現状を直視し、推進役を任命し、目的を手渡すこと。ツール選びはその後で構いません。推進体制という土台を先に整えることが、デジタル化の成果を左右する、決裁者にしかできない仕事です。
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